2011年07月31日

伊良部秀輝を悼む

全くもって残念なニュースだった。
あの伊良部秀輝が自ら命を絶ったという。
マスコミの報道は「残念」という当然の論調だが、何をいまさら、彼の言動を歪曲したのは誰だったのか。
尽誠学園からドラフト1位でロッテに入団。
当時のロッテなど、超不人気球団で、本拠地はボロボロの川崎球場。
高卒のドラフト1位というのも、愛甲が打者に転向してなんとかなった程度で、比嘉や笠原や石田など、全くものにならなかった。
当初は制球の定まらなかった伊良部も2年目には戦力になり、川崎球場が終わる頃には、あの狭い球場に不似合いな豪速球がうなりを上げていた。
観客も少なかったので、音もよく聞こえたものだ。
千葉に移転してからはエースの役割を果たした。
小宮山、ヒルマンとローテを形成していた時はいい時代だったと思う。
その後ヤンキースに入るまでの過程はほめられたものではないし、その頃の言動も気持ちのいいものではない。
しかし、彼の器からすれば、マリーンズに留まる方が不思議だし、やはり規格外の男だった。
メジャーに行き、そこでも色んな騒動を起こし、日本に帰ってきてタイガースで活躍。
引退後も何度がユニフォームを着ていたり、やはり野球は好きだったのだろう。
どちらかと言えば、悪いことで騒がれることが多く、そして最後の騒がれ方が今回の訃報。
周囲に大きな影響力を与えられる男だっただけに、まだまだやれることはあったはず。
だが日本人メジャーのパイオニアの一人でありながら、近年大きな影響力を発信することはできていなかった。
不器用な男だったのだろう。
どうやって自分を表現していいのか、最後までわからなかったのだろう。
現役時代の栄光を後ろ盾に偉そうにふんぞりかえっている評論家が多いのだが、彼にはそんなことはできなかっただろうし。
何を言ってもただただ残念なだけ。
ほぼ同級生(学年は伊良部が1年下)だし、兵庫県出身という点でも親近感があった。
ご冥福をお祈りしたい。
posted by まーぶー at 11:14| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | プロ野球一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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